荷物持ちでも構わない

文系大学4年生からデータサイエンティストを目指して頑張りつつ、書きたいことを書きたいときに書きたいだけ書く、ルール無用雑記ブログ。

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金は若いうちに使え

何の自慢にもならないが、僕は金遣いが荒い。

ついさっき、前々から欲しかった単焦点レンズを衝動買いしてしまった。

 

Nikon 単焦点レンズ AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G(Special Edition) フルサイズ対応

Nikon 単焦点レンズ AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G(Special Edition) フルサイズ対応

 

 今週末にサークルの卒業生の送別会があるのだが、元々それに合わせて買おうと思っていた。

しかし、先月発売されたモンスターハンター︰ワールドのためにPS4を買ってしまったことで予算がなくなり、購入を諦めていたのだ。

ではなぜここにきて買ったのかというと、卒業生である美人の先輩がドレスで出席すると宣言したためである。あまりに単純すぎる。

我がサークルの卒業生送別会は、必ず正装で出席するルールになっている。

厳密にフォーマルな服装をしてこいという意味ではないので、それらしい服装ならなんでもいいのだが、実際は男女ともほぼ全員がスーツでの出席だ。

その中で、一人の女性、しかもかなり美人の先輩がドレスで出席すると言っているのである。これをみすみす逃す手はない。

というわけで、財政的にはかなり苦しいのだが、無理を押して単焦点を購入してしまった。

 

……とはいえ、それだけが理由というわけではない。いくら美人とはいえ、先輩の1人がドレスを着るぐらいで24000円もの出費はできない。

今年の送別会は、今まで出席した送別会とは少し違う。

というのも、今年卒業するのは僕の一つ上の代の先輩たちだ。

つまり、3年間をともに過ごし、一番お世話になった先輩たちであるので、最後の送別会はなるべく綺麗な写真を撮りたいと考えており、単焦点レンズの購入を検討していたのはそのためである。

もちろん財政的には非常に厳しいし、今後の生活がかなり圧迫されることが予想されるが、今もらってる給料なら払える範囲なので、思い切って買った。

 

要は、未来の自分の収入に託したのである。

自分でやっておいてなんだが、これはお金の使い方としては非常に良くない。

いくらクレジットカードが便利と言えども、今持っている現金で買えない買い物はするべきではないと思う。

そうわかってはいても、つい使ってしまうのだから救えない。

ただ、翌月の給料で払える範囲の出費で、かつリボ払いに手を出さなければさして問題ないとも思っている。

若いときこそ金を使うべきだという考えがあるからだ。

年を重ねるほど、家庭を持ったり病気をしたりで出費は大きくなっていくし、仕事が順調であれば増加する出費に見合った収入を得られるようになっていく。

しかし、学生のうちの1万円と、中年の1万円と、老人になってからの1万円は価値がまるで違う。

学生のうちの1万円が最も価値が高いのだ。

それは、総収入に対する価値の大きさという意味でもあるし、若いときに使う1万円がその後の人生に与える影響の大きさという意味でもある。

 

若いうちにたくさんお金を使って、たくさんいいものに触れ、たくさん経験を積むことが、人生の価値を高めることに繋がると考えているのだ。

例えば、食べ物。

若いうちにたくさんいいものを食べていると、食べ物の価値がわかるようになってくる。

おいしいものを知ることで食の楽しみが広がるし、おいしいものを食べられるように努力する原動力にもなる。

上司や目上の人と食事に行く際も恥をかくことが減るだろうし、将来子供の食育にも繋がる。

趣味においても、若いうちに豊かな生活を送ってきた人は年をとってからも豊かな生活を送れるような気がしている。

この「豊か」とは経済的な話ではなく、精神的な話だ。

要はそんな風に正当化しながら浪費をしているのである。

 

学生のうちから目標もなく「もしものために」と何十万も貯金をする行為にはほとんど意味がないとさえ思う。

もちろん、最低限の貯蓄は必要だし、目標のために貯金をするのはすごくいいことだ。

結局は程度の話ということになる。

僕も、全く貯蓄をしていないということはもちろんない。

普段使いの口座とは別に、非常時にしか手を付けない貯金用口座を持っているし、現金ではなく金融資産で蓄えを持っている。

金融資産というか、言ってしまえば仮想通貨だ。

また、近いうちに投資信託も利用しようと考えている。

まあ、この辺は後々別の記事で書こう。

 

今日の記事は、レンズを買ったという報告と、お金の話がしたいだけで書いた。

このレンズで撮る写真が、生活に大打撃を与えただけの価値を取り返してくれると信じて、この辺で〆るとする。