荷物持ちでも構わない

文系大学4年生からデータサイエンティストを目指して頑張りつつ、書きたいことを書きたいときに書きたいだけ書く、ルール無用雑記ブログ。

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発達障害者特有の完璧主義と上昇志向を克服しないとうつ病は治らない

自分で言うのもアレだが、僕は上昇志向が強い方の人間だと思う。

そして、こだわりだすととことんこだわる完璧主義の人間でもある。

これらは僕という人格に結びついたものなので、なかなか変えることは難しいというか、本来変える必要がないことであるはずなのだが、僕がうつ病患者であることを考えると話が変わってくる。

上昇志向を持った人間がうつ病になってしまうと、自分の中で板挟みが起きてしまうのだ。

というわけで、今回はそんなうつ病患者で発達障害者特有の板挟みの話。

うつ病特有の「何もできない」が上昇志向に蓋をする

僕は上昇志向が強い方だ。

データサイエンティストになるという夢のために本をたくさん買って読んだり、統計検定2級などの資格を取ったり、バイト先の仕事に役立てるためにバイト中以外の給料が出ない時間を使って勉強したり。

この上昇志向の強さを認められて4月から働く職場で内定をもらった節もあるし、上昇志向が強いというのは本来良いことだ。

上昇志向だけ強くて何も行動を起こさずにいると、「意識高い系」なんて言われて揶揄されたりもするが、僕は少なくとも人並み以上には努力している、と、自分では思っている。

しかし、僕は精神科の通院を始めてもうすぐ1年が経とうとしているうつ病患者だ。

毎日抗うつ剤を何種類も飲まないと生活に支障が出るレベルで、まだ正式に認定はされていないが精神障害者手帳の申請もしている。

うつ病になるとどういう症状が出るかというと、まず「何もできない」時間が増える。

「何もできない」というのはどういうことかというと、自分のやりたいことも、やりたくないことも、やらなければいけないことも、何もかもが億劫になるのだ。

通勤・通学はもちろん、買い物に行くことも難しいし、自分が好きでやっているはずの趣味も楽しくなくてできなくなる。

さらには、食事や入浴、トイレといった、普通の人が生活していて当たり前にする行動すらも難しくなる。

これは言うと確実に引かれるので今まで言わないようにしていたが、僕はうつ病が発症して以来、家から出る用事が何もない日は風呂に入っていない。

大学に通うのは週1回だし、バイトも平日しかないので、休みの日などは2~3日シャワーすら浴びずに引きこもってベッドの上で過ごすなんてことはザラにある。

バイトや大学があるときは、当日の朝か前日の夜に、全身の気力を振り絞って嫌々シャワーを浴びる。

別に入浴が嫌いなわけではないし、疲れが溜まっているときはスマホやKindleを持ち込んでゆっくりお湯に浸かることもあるのだが、うつ病になるとシャワーを浴びることすら「できない」のだ。

そんな状態の人間が、上昇志向を持っていると大変なことが起こる。

「努力しなきゃ、成長しなきゃ」という自分の中の焦りに対して、うつ病の「何もできない」が蓋をするのだ。

一度こうなるともうダメだ。悪循環が始まる。

成長したい、努力しなきゃ、でもできない、今日も何もできなかった、ああダメだ、自分はダメな人間だ、成長したい、努力しなきゃ、……。

こうして、毎日抗うつ剤を飲み続けないと人並みの生活も送れない、典型的なうつ病患者が誕生する。

発達障害者(自閉症スペクトラム/ASD)特有の完璧主義がうつ病を「当たり前」にする

うつ病と上昇志向の板挟みで生まれた悪循環に囚われながらも、僕は4ヶ月ほど独学で勉強を続けて統計検定2級に合格した。

こうした成功体験が悪循環から抜け出すきっかけになる……かと思いきや、そうはならない。

もしも僕が、単なるうつ病患者だったら、悪循環から抜け出していたかもしれない。

しかし僕は、自閉症スペクトラム(ASD)という発達障害を持つ、生まれながらの精神障害者だ。

自閉症スペクトラムを持つ人間の特徴として、「こだわりが強い」ということがよく挙げられる。

上昇志向を持った人間にこだわりの強さが加わるとどうなるかというと、どこまで上昇しても満足しない、「上昇するのが当たり前」という完璧主義の上昇モンスターになる。

「データサイエンティスト」の肩書を得たいなら、大学基礎レベルの難易度の統計検定2級ごとき、合格できて当たり前なのだ。むしろ合格まで4ヶ月もかけている自分はダメな奴だ。

うつ病にならない人は、きっと「自分を褒めてやる」ことが上手なんだと思う。

何かに成功したとき、成長を感じたとき、それがどんな小さなことでもいいから、自分を褒めてやれる人間は、たぶんうつ病にはならない。

僕のような上昇モンスターは、成功体験を得たときに、自分を褒めてやることができない。

成功した。目標を達成した。この程度出来て当然だ。さあ次の目標を目指そう。

こういう思考になる。

うつ病の「何もできない」を乗り越えて努力して成長できたのに、自分を褒めてやることができないから、うつ病から抜け出せない。

自分を褒めてやれない人間は、外部に承認を求める。

だから、こうしてブログで自分というコンテンツを発信して、たくさんの人に読んでもらって、PVや広告収益という、目に見える形で承認を得る。

自分の能力に自信を持つために、資格という形で自分を証明する。

自分で自分を肯定できないから、自分を全肯定してくれる存在として、恋人を求め、依存する。

自分を肯定してくれない人間とは接している意味がない。だから切る。

僕はずっと、上昇志向と完璧主義が生み出した「当たり前」を背負って生きている。

たぶんこれからも、この「当たり前」を背負って生きていくんだと思う。

いつしか自分がうつ病であることさえも当たり前になって、毎日抗うつ剤を飲むのが当たり前になる。

以前このブログでも書いたが、たった1回、夜に飲むはずの抗うつ剤を飲み忘れただけで、翌日ひどく体調を崩した。

もう僕の身体は、抗うつ剤を飲んでいるのが「当たり前」になっているから、1回飲み忘れただけで故障してしまうのだ。

自分を肯定できるようになるか、自分を肯定してくれる存在を得るか

こんな具合で、自閉症スペクトラムという発達障害と、その二次障害であるうつ病が合わさると、どうやっても抜け出せない負の螺旋が完成する。

この負の螺旋から抜け出すには、自分で自分を肯定できるようになって、「当たり前」をなくすか、自分の代わりに自分を肯定してくれる存在を得るかの2択しかないと思う。

自分を肯定してくれる存在は、恋人か、友人か、上司か、肩書か、地位か、金か、何を得れば自分が満足するのかはわからないが、「何か」が必要なのはなんとなくわかる。

その「何か」を得るまでは、きっとうつ病は治らない。

まとめ

発達障害とうつ病が合わさると相乗効果でどんどん厄介になっていくという話。

気づいたら3,000字近く書いてしまったが、こういう形で自分の頭の中を整理できたのはよかった気がする。

きっと僕と同じような苦しみに遭っている人は少なくないと思うので、そうした人たちが共感できる拠り所のような記事になっていたら幸いに思う。