荷物持ちでも構わない

文系大学4年生からデータサイエンティストを目指して頑張りつつ、書きたいことを書きたいときに書きたいだけ書く、ルール無用雑記ブログ。

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1年半勤めて内定ももらっていたインターンバイト先を退職しました

2017年6月からインターンバイト(長期インターン)として働いていた職場を2019年1月末付けで退職した。

約1年半の間働いてきて、一時は内定ももらってそのまま正社員になる話も出ていたのだが、それを蹴って辞めてきた。

その1年半のインターンバイトで経験したこと、学んだこと、思ったこと、内定をもらってから辞めるまでの経緯などを、つらつらと書いていこうと思う。

就活でアピールするネタが欲しくて始めた長期インターン

時は2017年5月にまで遡り、当時大学3年生に上がったばかりだった僕は、来たる就活に備えて、何か面接でアピールできるネタを作れないか考えていた。

大学は二流の地味な国立大、スポーツ経験なし、目立った資格や特技もなし、サークルはゆるい文化系、バイト経験は居酒屋で2年弱働いていたのみ。

このままでは面接で話せるネタが何もなくて典型的な無い内定学生になってしまうと割と深刻に悩んでいた。

しかも、大学に入ってすぐ働きだした居酒屋のバイトも、社会保険労務士の国家試験の勉強がしたいという理由で辞めてしまっていて収入がなく、親からの仕送りと貯金でなんとか生活している状態。

社労士の試験を受けようと思ったのも手に職を得るためだったのだが結局早々に諦めたし、とにかく「就活でアピールするネタ」と「お金」が必要だった。

そこで目を付けたのが「長期インターン」という選択肢。

インターンという名はついているけれども、期間は数ヶ月以上と長く、時給も発生する、実質アルバイトである。

ただ、普通のアルバイトと違うのは、企業のオフィスで正社員と同様に働き、成果を出す必要があるので、時給は相場より高めだし、ビジネスマナーやその他のスキルも身に着くし、普通のアルバイトではできない経験ができる。

そんな長期インターンは、「就活でアピールするネタ」も「お金」も手に入れられて、まさに当時の僕にはうってつけだった。

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3年の6月から長期インターンに応募を始めるも選考で落とされまくる

長期インターンの良さを知った僕は、すぐに長期インターンについて調べ始め、最初にとある不動産広告の会社に応募した。

その会社を選んだのは、まず家から近かったのと、広告に興味があったのと、大学に直接求人が来ていたから。

そうして面接に行ったのだが、面接というより時間の半分以上が会社説明で、何をしに行ったんだかよくわからないまま帰された。

で、1週間ぐらい経った頃にメールが来て、結果は不合格。

僕はそれまで、「不合格」というものを一度ももらったことがなかったので、結構へこんだ。

しかし、大変だったのはその後で、僕はマーケティング専攻で就職後もマーケティングの仕事がしたいと考えていたので、マーケティング関係の長期インターンにたくさん応募したのだが、応募のメールの時点で落とされるのが大半だった。

理由として考えられたのは、まず当時住んでいたのが千葉で、応募先の会社はどこも都内のオフィスだったので、遠すぎて交通費がかさんだこと。

そして、遠すぎるせいで通学の前後に出勤するということができず、大学の授業がない日しか出勤できなかったので、必然的に出勤日数が少なくなったこと。

長期インターンの求人を出しているところは多くが週3以上の出勤を条件としていて、週2が限界だった僕には選択肢が限られた。

2社目の面接で合格をもらい、その場で入社を決める

そんな具合で面接にすらたどり着けずに落とされまくり、ようやく面接に招いてもらえたのが、1月まで働いていた会社だった。

業種としてはIT系で、いわゆるデジタルマーケティングの仕事である。

面接は社長との1:1で、今まで応募の時点で落とされまくっていたのが嘘のように、面接が終わったその場で合格をもらえた。

しかも、翌週に別の会社の面接が控えていることを話すと、「そっちの会社の面接も受けてから結果次第で選んでいいよ」とのことだった。

そのもう1社というのがECサイトを運営している会社で、売上等のデータを分析してマーケティングをするという仕事内容で、データサイエンティストを目指す僕にとっては非常に魅力的だった。

しかし、面接すらさせてもらえずに落とされまくって疲弊していたのと、一刻も早く収入源を得ないと貯金が枯渇しそうだったのと、「縁」を大事にしたいという気持ちがあり、

もう1社の面接は断ります。ここで働かせてください」と二つ返事で入社を決めた。

ここから、僕の1年半のインターンバイト生活が始まったのである。

入社してすぐに自分と会社のミスマッチに気づく

当時その会社で長期インターンをしていたのは僕の前には東大の院生が1人だけで、僕は2人目だった。

で、1人目のインターン生と同じく、発足したばかりのメディアサイトの運営チームに配属された。

社員が3人、バイトが1人、インターン生が2人、パートが1人の計7人という小さな部署で、まだオープンもしていないメディアサイトの運営に携わることになった。

マーケティングの求人だったので、データ分析の仕事を任される……と思いきや、任されたのはライティングの仕事ばかりで、すぐに自分のやりたかったことと会社に求められていることのミスマッチに気づき、「もう1社の面接も受けておけばよかった」と後悔した。

しかし、チームは良い人ばかりだったし、会社全体として非常にホワイトだし、面接すらさせてもらえずに落とされまくってせっかく掴んだ長期インターンを手放すわけにはいかないと、やりたくない仕事ばかりだったが我慢して続けた。

まあここで言ってしまうと、会社で立ち上げたメディアサイトというのが仮想通貨のサイトで、僕はこの仕事を通して初めて仮想通貨に触れることになる。

ビットコインとかマウントゴックスとか名前は聞いたことあるけど、ブロックチェーンって何?レバレッジって何?信用と先物ってどう違うの?というレベル。

正直言って、仕事はとてもつまらなかった。

2017年秋~冬、仕事は楽しくなってきたが就活に失敗する

任される仕事はどれもつまらなかったが、いろいろな本を読んで勉強して、自分で身銭を切って仮想通貨を買ってみたりして、がんばって仕事を覚えていった。

6月の入社時点では僕を含めて7人しかいなかったチームは、秋頃には倍以上に増えていた気がする。

時給も200円ほどアップして、ビットコインバブルに乗っかってどんどん増えていく自分の資産を見てニヤニヤして、仕事も楽しくなってきていた。

念願だったデータ分析の仕事も、Googleアナリティクスを使ったアクセス解析を任されるという形で実現した。

それと同時期に、夏に短期インターンに参加した第一志望の会社の早期選考が始まって、書類選考、SPI、一次面接と連続でパスしていき、年末には最終面接にこぎつけた。

バイト先のチームの人数は増え続ける一方で、ビットコインの価格も僕が初めて買ったときは30万円前後だったのが、100万円を軽く突破して200万円に迫っていた頃だ。

結果から言うと、第一志望の会社の最終面接には落ちた。

第一志望、と言いつつ、第二志望以下は存在しないぐらい、その会社に入ることだけを考えていたので、本当に辛かった。

バイト先で「うちに就職すればいいじゃん」なんて言われていたが、どうしてもデータ分析やマーケティングの仕事がしたかった僕にその選択肢は全くなかった。

2018年、度重なる挫折で心が折れて就活をドロップアウト、バイト先に就職を決める

2018年は僕にとって最悪の滑り出しになった。

第二志望以下の会社にも連続で落とされ、大好きだった彼女に振られ、ビットコインバブルは崩壊し、自分の発達障害が発覚した。

大学の健康診断のメンタルヘルス問診に毎年引っ掛かり、カウンセリングや精神科の受診を勧められるほど元々鬱っぽかった僕にとって、2017年末から2018年2月頃までの畳み掛けるようなストレスの連続は到底耐えきれるものではなく、

老朽化したダムが決壊するかのようにメンタルを病み、とうとううつ病になった。

限界を感じていた僕は、バイト先への就職を本格的に考えるようになった。

人はいいし、ホワイトだし、仕事も楽しいし、第一志望だった会社とは業種も規模も全く違うけども、就職するのは嫌ではなかった。

社長と1:1で今後のビジョンや待遇などについて話を聞かせてもらい、考え抜いた末に、バイト先への入社を決めた。

ただ、それでも第一志望だった会社への憧れは捨てきれず、20代のうちにリベンジ転職をすることを密かに心に誓っていた。

2018年4月~ 一足先に就職先を決めたことで暇を持て余し、仕事に明け暮れる

普通の大学生が就活を始めた頃、既に就職先を決めていた僕は、とにかく暇を持て余していた。

大学の単位も3年までにほとんど取り切っていたので、ひたすらバイトに明け暮れた。

時給1,300円で、毎月10万円以上は稼いでいたほどである。

仕事は楽しかったし、うつ病による体調不良を「慢性的な胃炎」とごまかして(実際胃を痛めていたので嘘はついていない)、会社をよくするために仕事に打ち込む日々が続いた。

しかし、既に仮想通貨バブルは崩壊し、バブルに乗じて参入してきた新規ユーザーはどんどん離れていき、仮想通貨という市場自体が縮小傾向にある中で、事業はどんどんうまくいかなくなっていた。

当時のバイトがどこまでそのことに気づいていたかはわからないが、少なくとも僕だけは、アクセス解析という心臓を握っていたおかげで、いち早く将来性のなさに気づいてしまった。

それとは別に、会社の組織体制にも、長く在籍していたことで徐々に疑問を抱き始め、「このままここにいたらまずい」という危機感を覚え始めていた。

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2018年夏 転職サイトに登録する

20代のうちに転職する、というのは最初から決めていたが、会社に対する危機感から「一刻も早く逃げよう」という思考に変わり、転職サイトに登録した。

今更就活をやり直そうと思ってももうどこも求人なんかしていない、と考えて、就活をやり直すのではなくなるべく早く転職するという方向性に決めたのだ。

しかし、チャンスというのは意外なところに転がっているもので、転職サイトに登録していたら、とある会社からスカウトが飛んできた。

全く名前も聞いたことのない小さな小さな会社だが、見るに非常に魅力的で、待遇もよく、かつ将来第一志望の会社に転職する際にも有利に働きそうな会社であった。

だがここはあくまで転職サイト。求人は新卒の学生ではなく社会人に対して出すのが普通である。

スカウトを受ける前に、「自分は学生だが、間違いはないか」という旨の確認のメールをしたところ、「承知しています」との返事だったので、面接を受けてみることにした。

この会社というのが、僕の現在の就職先になる会社である。

2018年9月 現在の就職先に内定をもらい、前職を辞めることを決める

スカウトを受けて面接に行ったら、社長にいたく気に入られ、その場で内定をもらうことになった。

その当時の僕に内定を断る理由はなく、すぐに入社を決めた。

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そして、前職の社長含め社員たちに、新しく内定をもらってそっちで働きたいという意向を伝え、一度もらった内定を蹴ることに対して謝罪し、2019年1月いっぱいで辞めることを決めた。

前職の社員たちの反応は温かいもので、新しい環境で働くことを応援してもらえた。

もしも業種が違ったら、もしも組織体制がもっとまともだったら、今も前職で働き続けていたかもしれない。

2018年12月 事業縮小に伴いバイトのリストラが発表される

僕が新しい職場への就職を決めた後の、2018年12月、事業縮小に伴いバイトの人員整理(リストラ)が行われることが発表された。

その時点でバイトが30人ほどいたのだが、明らかに人が余っており、仕事の割り当てができていない状態だった。

結果として、卒業を間近に控えた4年生組と、一部の固定の役割があるバイトを残して、バイトの半分ほどがリストラ対象となった。

事業がうまくいっていないことに対して僕がいち早く気づき、逃げる選択をすることができたのは、僕がアクセス解析という仕事を任されていたおかげでしかなく、本当にラッキーだったと思う。

船に空いた小さな穴を沈みかける前に見つけられたのもラッキーだし、新しい船に乗り移れたのもラッキーだった。

2019年1月 退職する

2019年1月になり、残ったもう半分のバイトの後輩に僕の仕事の引継ぎを済ませ、有給消化の申請をし、1月末付けで退職した。

いつでも遊びに来ていいとのことだったので、大学を卒業する前に暇ができたら遊びに行こうかと考えているが、その頃には他の4年生も退職して寂しい職場になっていそうだ。

今後会社がどうなっていくのかはわからないが、まあ金だけは潤沢にある会社なので、潰れることはないだろう。たぶん。

新しい職場が辛かったら戻ってきてもいいとも言われたが、穴の空いた船に好き好んで乗る人間はいないので、戻ることはないと思う。

1年半でいろいろな経験をさせてもらえたが、40年過ごす気には到底なれない職場だった。

まとまらないまとめ

前職のよかったところと悪かったところ、得られた経験やスキル、印象深かったこと、今の職場との違いなどいろいろ書きたいことはあったのだが、1年半を振り返っただけで5,000字以上書いてしまったし、その辺は過去記事でも何度か触れている部分なので、省略する。

こんな記事を誰が読むのかわからないが、まあこういう経験もあるということで、誰かの参考になればいいなあと思う。

正直ボツにしたいレベルの記事だが、せっかく書いたし公開。

今回はこの辺で。